2020-01-17 第200回国会 参議院 外交防衛委員会 閉会後第1号
しかし、同日発生したウクライナ旅客機の墜落事件について十一日にイラン革命防衛隊が誤射を認め、イラン指導部や革命防衛隊に対する批判にまでエスカレートしています。 こうした中、革命防衛隊や親イランの周辺国武装組織などによる米国や米国側の国に対するテロも含めた攻撃が発生するリスクは格段に高まっています。
しかし、同日発生したウクライナ旅客機の墜落事件について十一日にイラン革命防衛隊が誤射を認め、イラン指導部や革命防衛隊に対する批判にまでエスカレートしています。 こうした中、革命防衛隊や親イランの周辺国武装組織などによる米国や米国側の国に対するテロも含めた攻撃が発生するリスクは格段に高まっています。
大きな問題になりました沖縄国際大学でのCH53墜落事件、ハンセンでのHH60墜落事件と、これまで二件しか日本政府からの飛行停止の申入れ実績はないとのことであります。墜落しないと飛行停止を求めないんですか。二百八キロもの装備も落下しているわけですね。住民は不安を余儀なくされています。米軍が飛行停止するか否かは、米軍兵士の安全の観点でしか検討しません。
このガイドラインは、二〇〇四年八月の沖縄国際大学米軍ヘリ墜落事件の翌年、日米間で取り決められました。沖縄国際大学への墜落事故では、事故直後に米軍が現場への立入禁止措置をとり、日本の警察、行政、大学関係者が事故現場に近づくことも許されず、大きな怒りが広がりました。
めた事件としましては、古いところでは、一九八二年、三十三人が死亡した火災で、消火設備の設置を怠ったとして、当時の社長について禁錮三年の実刑が確定したホテルニュージャパンの事件、一九八〇年代には、薬害エイズ事件で、歴代三社長のうち二人について禁錮一年六カ月から一年二カ月の実刑が確定したミドリ十字による薬害エイズ事件、日本航空、ボーイング社、運輸省の幹部ら計三十一人全員が不起訴だった一九八五年の日航機墜落事件
今、沖縄国際大学でのヘリ墜落事件についてお触れになりましたが、私も墜落した三日後に現場にもちょうど行きましたので、今の現場での捜査状況というところもかいま見たわけであります。
そのときに、沖縄県民はあの宮森小学校へのジェット機墜落事件を思い起こしていました。こんな不条理なことが復帰後の今でも繰り返されている。
○高村国務大臣 平成十六年の沖縄での米軍ヘリ墜落事件に関する情報公開に関する訴訟に関し、十二日付で、福岡高等裁判所が国に対し検証物提示命令の決定を行ったということは承知をしているところでございます。
この米軍ヘリコプター墜落事件は、航空危険行為等処罰法第六条の業務上過失犯として、氏名不詳の米軍整備士四名が、昨年、平成十九年八月一日に書類送検され、八月十日に不起訴処分になったということを聞いております。 まず法務省にお尋ねいたしますが、この航空危険行為等処罰法の業務上過失犯の法律上の罰則と、本事件を不起訴とした理由について教えていただきたいと思います。
話を変えまして、今日は外務省にもお越しを願っていると思いますが、先日の米軍ヘリの墜落事件についてお伺いしたいと思います。 三月三日、日米合同委員会への勧告を含んだ報告書が事故分科委員会から提出をされたということでございます。
おまけに、ファントム機墜落事件のときに、エンジンがアメリカに持っていかれてしまったので大騒ぎになって、早く戻してくれ、そしてそれを検証させてくれということで、厚木基地に戻して検証した経緯があるわけですよ。
さきの沖縄の米軍ヘリ墜落事件は、かねてより沖縄に偏在する米軍基地の危険性が改めて浮き彫りになりましたが、その後にも戦闘機の接触事故が生ずるなど、沖縄県民の怒りと不信感を増幅しています。 神奈川県においても、この夏、米軍ヘリコプターの二百発入り弾薬箱が住宅街に落下したり、米軍ヘリの緊急着陸があるなど、事故やトラブルが相次いでおります。
さらに、これは今、だれが持ってきたのかわからないんですが、沖縄国際大学米軍ヘリ墜落事件対策本部本部長渡久地理事長兼学長の名前で文書が出ております。「米軍に対する財産(土地・施設等)の使用許可について 本学は八月十三日(金)米軍ヘリ墜落以降、米軍及び日本政府より、正式な本学の財産(土地・施設等)の使用許可願いは一切受けてなく、許可もしていない。」という渡久地さんの名前の文書が出ております。
例えばこの事件も、大連における航空機の墜落事件があった、その危機が実はこの領事館の危機に発展してくるわけですね。今我々はここに外交努力を集中しておりますけれども、そのことが実は世界全体に展開している外務省の領事館、在外公館にさまざまな形で危機となってきているわけです。
ロシア、サハリン東方海上における小型機の墜落事件のときも、真っ先に駆けつけていただいた、そういうロシアに対して、私たちは隣人として感謝をささげたい、本当に助けていただいてありがとうございますということを申し上げたいと思います。 一連の首脳会談、私はイルクーツクでの首脳会談は、あのとき随分批判がありました。
まず第一に、ほかは触れないとしても、アメリカと中国の軍用機の衝突、墜落事件といいましょうか、この問題は触れないわけにはいかない。これも内容については申し上げませんけれども、何かブッシュ政権になって特に目立つわけですけれども、アメリカ政府というのはまるで世界のやんちゃ坊主のような印象を受ける。
もう大分前になりましたが、私の家の近くでも、厚木からの米軍の戦闘機墜落事件がございまして、死亡事件がございました。それを悼む碑なども最近つくったりして、行ってまいったのですが、このとき勉強した、やはりブルー14とか、空域の問題がございます。米軍との関係ですね。なかなか改善されないという戦後の経過をたどっております。
なお、私は申しますが、随分前ですが、横浜の私の家の近くで米軍の戦闘機の墜落事件がございました。二人の、一歳と三歳の子供がその日に大やけどで亡くなりました。土志田和枝さんという若いお母さん、二十七歳の若いお母さんが大やけどでしゃべれない、必死に思いを日記に書いて、私もお手伝いし、出版してたくさんの人に読んでいただきましたが、そういう事件がございました。
また、鈴木内閣の自治大臣、国家公安委員長として、地方財政の健全化の推進、地域改善対策特別措置法の成立、参議院議員選挙制度を比例代表区と選挙区選出に改正する公職選挙法の一部改正などに力を尽くされるとともに、ホテル・ニュージャパン火災、羽田沖日航機墜落事件、長崎を襲った大豪雨などの事件や災害に適切、迅速に対応されるなど、その卓越した指導力、政治手腕を遺憾なく発揮されました。
中曽根康弘総理は、日航機御巣鷹山墜落事件、八月十二日、夏休みなのに官邸にいらっしゃいました。私、防衛庁におりましたが、御指示が参りまして、ヘリコプターを飛ばせ、飛行機を飛ば、せ、上から見ろということをおっしゃいました。ヘリはもう暗くて飛べませんでしたが、RFファントム偵察機という高性能の偵察機が百里から飛びまして写真を撮りました。